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家出少女 世界の果てで逢おう。2
第2話:大人と子供


 夜の街に不似合いな風貌の少女だった。
 細すぎず成長期の柔らかな身体の線は、とても健康的な印象だった。肩口までの黒い髪とセーラー服から伸びる四肢が太陽の下だったらよく映えるだろう。そんな事を考えながら少女を目で追っていく。そして、有坂は気がついた。
 …こっちを、見ている?
 確かに互いの目が合っていた。その証拠に少女もまた、有坂から視線を反らさなかった。街のギラギラしたネオンだけが互いの顔を映し出す光だった。
 ふいに少女の背後から影が現れる。男連れか、と有坂は思った。深夜近い時間に女子高生一人きりとは考えづらい。見た目は普通でも中身までそうだとは言い切れないものだ。軽い失望感が有坂の中に生まれた。随分と酒が入っている風のメタボリック予備軍系中年男性がなれなれしく少女の右肘を掴む。
「逃げる事ないだろう?どっか行こうって誘ってるだけじゃない」
 少女の表情は不愉快そのものだった。
「ね?どこにしようか。もう終電行っちゃったからカラオケで夜明かしでもする?歌は上手い方なんだよこれでも」
 振りほどこうともがくが、大人の力は強い。
「…離してください!」
「勿論お小遣いはずむよ?ん?いくら欲しい?」
 よこしまな感情を隠しもせず、罪悪感などまるでない言葉を少女に投げつける。
 男のゴツゴツとした手が未成熟な身体を撫でまわしていく。胸、臍、下腹部、背中、臀部と。清楚な制服の上から肢体のラインを確認するように手が滑った。薄い生地越しに中年男性の体温が伝わって更に嫌悪感が増し、少女の怒りが露わになる。
「触らないで!」
 一瞬、少女が有坂を見た。…心臓を鷲掴みにされたような、感覚だった。
「勘違いしないでください、人を待ってるって言ってるじゃないですか!やだ、離して!お兄ちゃん!」
(――オ兄チャン!)
 とっさに、身体が動いていた。
 有坂は二人の間に割り込み、背で少女を庇った。少女の手が、震えながら有坂のTシャツを掴んでいる。自分の行動を理解できないまま、守らなければならないという思いだけがあった。
「もうやめたら?この子が嫌がってるのわかんないの?」
「なんだ、お前」
 よっぱらいは苦手だ。話がなかなか通じないしどこまでも自己中心だから。だが後には引けない。
「おじさんのやってた事はチカン行為なんだけど…そこに交番があるの知ってるよねぇ?」
 薄ら笑いを浮かべて、有坂は男の腕を掴みアルタ方面へ向きを変えて引っ張った。
 ――本気で交番へ行こうとしている。
 脅しではないとようやく理解した男は一気に正気を取り戻し、慌てて腕をふりほどいてしっかりとした足取りで歓楽街へ消えていった。男の背中が完全に視界から消えたのを確認して、有坂は安堵した。
 ――大事にならなくて良かった。
 高校在学中は家庭事情の影響でかなり荒れていたから、喧嘩は日常茶飯事だった。しかしもう七年前の話だ。今喧嘩出来るかといったら多分無理だろう、相手が中年のオヤジでも。
「…行ったから、もう大丈夫だよ」
 振り向かず声をかけたが無言だった。余程怖かったのか少女は有坂の背中にべったりとへばりついたまま、まだ震えている。仕方なく気のすむようにさせた。
 街中でざわめく人々。道路を走る自動車の音。信号の警告音。
 その音たちを遠くから聞いているようだと、有坂は思う。まるで世界から取り残されたような錯覚だった。





 しばらく続いた沈黙のあと、言葉を発したのは少女の方だった。手はまだ有坂のシャツを掴んだままだが、だいぶ落ち着いたようだ。
「…あの、ありがとうございました」
 身体を離しながら、少女の小さな声が響いた。
 有坂が、ゆっくりと振り向く。少女はゆるゆると、顔を上げる。
 間近で初めて少女の顔をみた。化粧っ気のないつるんとした肌と、大きな目が真直ぐ有坂をみつめている。深い闇の色だ、と有坂は感じていた。
「えーと、怪我とか、ない?」
「はい、ないです。怖かったけど」
 少女は自分で自分を抱きしめて弱く笑った。
「でも、こんな時間までこんなとこに居たんじゃ、絡まれても自業自得ですよね」
 溜息をつくように、言った。
「…聞いてもいいかな」
「はい」
「子供は寝る時間だろう。なんでこんな時間まで何やってたんだ?」
 違う、聞きたいのはこんなことじゃなくて。有坂は混乱している。
「帰りたくなかったからです」
「帰りたく、ない?家に?」
「ああ、ちょっと違うかな。待ってたんです、ずっと。だから帰りたくなかったの」
 ふわりと笑った顔が、なんだか嬉しそうだった。
「さっき、人を待ってたって言ってたみたいだけど…その人を?」
 少女は頷いた。
「来てくれるあてなんてなかったけど、新宿で働いてるって分かって…待ってたら会えるかなって思って。そしたらおじさんにナンパされて、面倒だったから逃げたら追いかけてきて…」
「で、ああなったわけか…なるほど。あともうひとつ聞きたかった。なんで『お兄ちゃん』て呼んだ?」
 あの一言で感じた違和感の正体を知りたかった。少女は、ぺろっとピンクの舌を出して悪戯っぽく笑った。
「助けてくれると思ったの」
「………」
「お兄さんが、私を助けてくれると思ったのよ」
「…思惑通り、助けたわけだ俺が」
 誰かの良いように扱われるのは好きではない。が、何故かこの子にならそうされても良いように思えた。
「それで?これからどうするんだ?ウチに帰るか?」
 静かに、問いかける。少女は黙って首を振った。
「一晩なら泊めてやる。野宿よりいいだろう」
「…ありがとう、そうしてくれると助かります。あの、私ヨリコって言います、森川頼子。お兄さんは?」
「…お兄さんての、やめてくれ。俺は有坂保だ」
 そう言って有坂は新宿南口方面へと、歩き出した。そのあとを頼子がゆっくりとついて行く。




(世界の果てで逢おう。 第2話おわり/第3話につづく)

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